4-2
カビゴンのゴンは相変わらずのんきに構えてのしかかってきたが、素早い動きでかわした。技は喰らわなかったものの、種族自慢の体力はすさまじかった。首から下げられたたべのこしの効力もあって、槍を四回振るわねば倒せなかった。 フシギバナのフッシーは厄介で、あらゆる植物を操って、近接を妨げてくる。一発入れるのに何度転んだか分からない。フッシーもその巨体によく似合う耐久力の持ち主で、植えつけられたやどりぎのたねに体力を奪われながら、三度目の槍でようやくギブアップしてくれた。するりとやどりぎは解けてくれたものの、これでもまだ半分だ。先は長い。 カメックスのメックスには、苦労した。殻にこもって身体を守られると、槍が折れてしまった。全ての技を防ぐ技、まもる。何度も槍を生成し直し、攻撃するもまた槍の方が甲羅に負けてしまう。本当のところ、この技を連続で成功させるには相当な技量が要るらしい。二連続成功すればいい方だ。それなのにメックスは連続六回も成功させてしまった。 攻撃しているのはこっちなのに、相性でも勝っているはずなのに、逆に追い詰められているような気分になるのはどうしてだろう。痺れてひっくり返ったメックスの姿を前にしながら、心の中に焦りが生まれる。 今までレッドと戦ってきたトレーナーは、こういう思いを味わってきたのか。攻撃にも防御にも、一片の隙も見せないレッド。かつて出会ってきた対戦相手の強さの槍は、彼にちょっと動かれただけでことごとくへし折られていく。私も、今多くのトレーナーと同じ脅威を感じている。 レッドは最初に言った。持てる手段を全部使う、と。彼は、手持ちの六匹を全部使うつもりなのだろう。ならば、これは根競べだ。心がくじけた方が負けなのだ。 ラスト二匹。先に出たのは、リザードンのリザだった。 「よう、ライ。元気か」 「君達みんなタフすぎて、そろそろバテて来ちゃったかもねー」 私はおどけて言ってみた。リザはふっとため息をつくように笑った。事実、そろそろ身体から電気を作るのが辛くなってきた。同じ威力で、せいぜいあと一、二回が限界だろう。私は深く息を吸い、乱れた呼吸を整える。全身から溢れんばかりの熱を感じる。冷たい空気と肺の熱気が混ざり合うのを感じる。 「飛べ、リザ!」 レッドからの指示を受けると同時に、リザは羽ばたいて一気に空へと舞い上がった。 空中に逃げれば手出しできないと踏んだか。かみなりのような巨大な電気を扱う技を使えば、遠く離れた相手にも電撃を当てることは出来ただろう。だが、あいにく私はそういう技を持ち合わせてはいない。電気技は10まんボルト一本だ。 「だいもんじ!」 レッドが空に向かって叫ぶ。リザは口を開く。喉の奥から光があふれ、弾けそうになったところで口から高音の火球を放った。火球は私の方へととんでもないスピードで迫ってくる。瞬きするほどの刹那、こうそくいどうで出来るだけ遠くに跳んだ私は何とか直撃は免れた。 だが、だいもんじという技はこのままでは終わらない。二段階の攻撃。地面に触れた瞬間、炎は五方向に広がる。炎の腕の一つが迫りくる。私はもう一度跳び避けるが、転倒してしまう。炎は自分の背丈よりも遥かに高く激しく燃え盛る。起き上がってみたものの、炎の方は熱に目を開けていられない。長く残る炎は、大技ならではのもの。直撃していたらと思うとぞっとする。 私は空を見上げてリザの姿を探した。空中を大きく旋回している。 もう一度攻撃される前に、こっちから攻めるしかない。攻め手はある。 私は右手から、ひかりのかべを糸のように細く、細く、生成した。ある程度のところまでは生成にとても神経を使うので、大きな隙が生まれてしまう。炎で自分の身体が隠れている今しかできないことだ。 細い糸を自分の身長の半分ほどまで作ったところで、一気に生成は楽になる。人間の言葉で例えるなら、スピードの乗ってきた自転車だ。後は加速度的に伸びていく。 このオレンジ色の光の糸は、完全に私の思い通りに動く。蛇のように伸縮自在の糸だ。 「行け!」 小さく叫んだ掛け声と共に、糸が空へと伸び飛んでいく。リザの飛ぶ方向へ、一直線だ。 「リザ、何か来てる! 急降下しながらエアスラッシュ!」 あともう少しのところで、レッドが叫ぶ。この糸の存在に初見で気付かれるなんて。今まで想定もしていなかったことに、軽いショックを覚える。すぐに気を取り直し、糸に集中する。 リザは頭を地面に向けて、高度を強引に下げる。私は糸を操り、更に伸ばしながらリザの姿を追った。高度を充分下げたリザは私の姿を捉えたらしく、鋭い爪で空気を切り裂き、刃を放つ。 糸を操るのは集中力を要するため、高速移動との併用は今の私には出来ない。かと言って、折角作った糸を解除する訳にはいかなかった。空気の刃が迫る中、私に閃きが生まれる。 伸ばした糸は、今もなお空中に残り続けている。今まで伸ばした軌道が全て固定されているのだ。そして今リザは、最初に一直線に伸ばした糸の真下にいる。つまり、これ以上糸を伸ばす必要はない。 私は、糸を全て下に落とした。その軌道上にいたリザに、糸が触れる。その瞬間、私は思いっきり糸に電流を流しこんだ。通電。パァン、と弾ける音が響いて、くるくるとリザは地面に落ちていく。私は素早く糸を解除し、高速移動でその場を離れた。空気の刃が、元いた場所の地面を切り裂く。 リザが地面に触れる前に、レッドはリザをモンスターボールに戻した。戦闘不能だ。 「あと一匹」 私はひかりのかべを、再び槍の形に戻した。 レッドは一切表情を変えなかった。まだ負けたとも、勝ったとも思ってはいない。そういう緊張感に溢れた顔をしていた。 六匹目。ずっとレッドの足元にまとわりついていたフィオーレが、ついに前に出る。 「フィオーレ。後は頼んだぜ」 紫色のしなやかな体が、ゆったりとした動きで近づいてくる。 ある程度の距離で、フィオーレは立ち止まって腰を下ろした。 その距離は、公式試合のフィールドに描かれているモンスターボールの図形を思い出させる。 「さすがライ先輩、本当にお強いですねぇ」 「そういうの、いらないよ」 フィオーレには申し訳ないけれど、ジョークに笑えるほどの余裕は無かった。フィオーレは普段のように飄々とした顔をして、私の方を見つめた。 まっすぐに行こう。相手の技を一度も受けはしなかったものの、持久戦により体力はもうあとわずか。自分の体力の無さを恨みつつ、少ない選択肢の中で懸命にシミュレートする。 次の一発に賭けるしかない。私の心が、信号を出す。 息を吐いて、こうそくいどうを自分にかけた。二度その場で飛び跳ね、確かに感覚が研ぎ澄まされたのを感じる。そして三回目、私はフィオーレの方へと跳んだ。風を切り、フィオーレの方へと駆ける。疲れのせいか、彼女の姿を捉えようとしても大雑把なシルエットしか見えない。彼女の姿はその場から動かなかった。それだけを確認して、私は気にも留めなかった。 自分の身長大に伸ばした槍を、思いっきりフィオーレに突き出す。 しかし。槍はフィオーレの体をするっと通り抜けた。勢い余って足がもつれ、天地がひっくり返る。一瞬、何が起こったか理解できなかった。 電気の弾ける音と衝撃がない。電気が、流れていない!? フィオーレはその場から一歩も動かず、ただ胸を張って私の槍をただ受け入れていた。あたかも、攻撃は失敗すると知っていたかのように。 「今だ!」 レッドの声が飛ぶ。いや、フィオーレの行動はそれよりも一歩早い。振り返って、紫色の目を光らせると、私の体は地面につくことなく、見えない大きな力で空に放り投げられる。無理やり加えられた加速度に体がついていかず、空気抵抗の洗礼を受けて自由を失う。 視界は、虹色の光線が迫ってくるのを捉えた。しかし成す術無く、直撃してしまう。頭の中がぐるぐるとかき混ぜられて、脳が捻じ切れそうだ。ああ、目が回る。 そして、自由落下。私は何の覚悟も出来ないままに、地面に叩き付けられた。ぐえっ、と今まであげたこともないような声が漏れる。 あぁ、もう力が入らないや。ゆっくりと大の字になって、空を見上げた。形の崩れそうな綿雲が、目に見える速さで流れていく。 戦闘不能。私の、負けだ。 そのうち、レッドとフィオーレが駆けてくる。 「大丈夫ですか」 心配そうにフィオーレが尋ねる。 「全身がすごく痛いや。やりすぎだよフィオーレ」 私は文句のように言葉を投げた。 だが、納得いくまで身体を動かせたせいか、やりたいことを全てやりきれたせいか、私の心は妙に満ち足りていた。 「ポケモンセンターまで連れてくよ。立てるか」 レッドが手を伸ばす。にっ、と口を上げて笑った。彼がこんな顔をするのも珍しい。何となく、昔より表情が豊かになっている気がした。私は右手を伸ばす。茶色い手はがっしりと掴まれて、力強く引き上げられた。 5 最寄りのポケモンセンターに着くまでに、途中何度も休憩を取った。川の水を飲んで、歩ける程度には回復した。リザもげんきのかけらで体力を戻してもらったものの、本調子ではなさそうだ。空に橙と青が混ざる頃、ようやく辿り着いた。 レッドはモンスターボールを六個、トレーに乗せてカウンターに持っていく。 「お願いします」 「かしこまりました。そちらのライチュウはどうなさいますか? 随分疲れてるみたいですが」 受付がレッドはこっちを向いて、聞いてくる。ポケモンの体調を一発で見抜くのは、プロなんだろうなぁとぼんやり考えた。 「どうする?」 私は首を振った。レッドに会えた今日だからこそ、話したいことがたくさんある。治療に当てるのは勿体ない気がした。 「構わないみたいです。こいつと会うの、凄く久しぶりなんですよ」 レッドはそう伝えた。 「かしこまりました、それでは、こちらのモンスターボールだけお預かりしますね」 そう言って、受付はトレーを持って裏手へと戻っていった。 「これ、飲むか」 レッドが、ミックスオレの缶を私に差し出した。私の好きな味だ。両手で受け取ると、ひんやりとした鉄の感触が懐かしい。飲むのは随分久しぶりになる。 ラウンジのベンチに腰掛けて、私とレッドは並んでいた。レッドは手に持っている缶コーヒーのふたを開ける。私も、歯を上手に使ってプルタブを空ける。かこっ、という音を聞くと、何だか彼と一緒に旅をしていた時のことを思い出す。 「やっぱりおいしいなぁ、これ」 オレンジ色した甘いミルクの味が、口の中に広がる。タマムシシティの屋上で飲んで以来のお気に入りで、自販機を見つける度に同じものが売っていないかと期待していた。ポケモンセンター内ではよく見かけるが、道中では殆ど見ないということに気付いて、私はポケモンセンターに着くたびにレッドにせがんでいた。激しいバトルの後なら、必ず買ってくれた。 しばらくの後、レッドはぼそりと呟いた。 「強くなったな、ライ」 私はレッドの顔を見たが、レッドの視線は前のままで、その続きを話す。 「ひかりのかべと10まんボルトの複合技。それに、こうそくいどうによる身体強化。面白い戦い方を考えたな。俺じゃ絶対思いつかないし、仮に思いついたとしてもあそこまで完成度の高い技にはならなかっただろうなぁ」 レッドは素直に感心しているようだった。私を見て、目を輝かせていた。でしょ、と私は胸を張る。 「でも、負けちゃったけどね」 と付け加えて、苦笑する。 「そうだな。弱点はまだまだ沢山あるだろう」 彼は私の言葉をくそまじめに解釈した。私がふてくされるよりも早く、レッドは言葉を続けた。 「今回俺が弱点だと思ったのは、回数制限だな」 そう言われて、フィオーレに技が決まらなかった時のことを思い出す。そういえば。 「最後、フィオーレとバトルした時、私の技が上手く決まらないって分かってたの?」 私自身、電気を放てるかどうか分からなかったと言うのに。レッドには確信があったのだろうか。私の疑問に、レッドは答える。 「普段バトルって長丁場になるものじゃないからあまり気にならないんだけど、ポケモンの技には使える回数に限度がある。10まんボルトの攻撃回数はどのポケモンも十五回までなんだよ」 「そうなの!?」 「逆に言えば、自分の電気の力を十五等分するようなパワーで打つのが10まんボルトって言う技なわけ。本人の意識に関係なく、ね」 私は驚きを隠せなかった。初耳だった。六連戦なんて初めてのことで、今まで気にも留めたことのないことだった。 それで、守りを中心にした戦いをしていたのか。私に技をたくさん発動させる為に。 「まさか、フィオーレと戦う時に十五回になるように調節してた訳じゃ……?」 「それは流石に、まさかだよ」 私の疑いに、レッドは笑った。 「でも、技のエネルギーが消費された回数はしっかりカウントしていた。出来る限り早く技を十五回出させるようにはしたけれど、思ったよりお前の電撃が強かったから、全部使い切らせるのに五匹もかかった。正直間に合わないんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」 それでも、レッドは強い。彼のポケモンと戦略は難攻不落だと言う事を、相手にしてみて初めて実感した。 「そう言えば、レッド。ポケモンリーグはどうなったの」 私はふと思い立って、三年前のことを聞いてみた。私は準決勝前日に逃げ出したから、結末を知らない。あぁ、と思い出したようにレッドは言う。 「準決勝で負けたよ。ドラゴン使いのワタルって奴に。ドラゴンタイプのポケモンの強さはケタ違いだったな。お前無しじゃ歯が立たない相手だった。打つ手なしさ」 レッドは肩をすくめた。 「あの時はライがいなくなったことがショックで、三位決定戦にも全く身が入らなかった。それも負けてしまったよ」 そう言って、コーヒーをすする。 「で、そのワタルをグリーンが倒して、グリーンがチャンピオンになった。でも、あいつはやりたいことが他にあるからってチャンピオンの座をワタルに譲ったのさ。それから三年間、ワタルがチャンピオンの座を守り続けているらしい」 グリーンとは、レッドと同時期に旅に出たライバルだ。道中たまに勝負をしかけてきて、一度も私達に勝つことはなかったが、彼の中にはただならぬ強さを感じた覚えがある。話を聞いて、私は納得した。 「それで、レッドは三年間何してたの?」 「殆どシロガネ山に籠って修業してたな。俺のトレーナーとしてのやり方は、本当に正しかったのかが分からなくなって、さ」 少し俯いた様子で、レッドは語る。レッドの戦いは、緻密に戦略を組み、それをポケモン達が忠実に実行するやり方だ。 「本当はもっと、ポケモン達に判断を任せるべきじゃないのか。その方が、よっぽど楽に戦えるんじゃないのか。そう思い始めたら、止まらなくなった」 レッドの迷いの原因は、間違いなく私にあるのだろう。確かに、彼のやり方が気に入らなかったのは事実だった。でも、立場のせいだろうか、今ならあの戦い方を認められる気がしていた。それだけに、話を聞いているととても後ろめたい気持ちになった。 「俺は新しく、ピカとフィオーレを育てた。自由な発想を持って育ったポケモンが、バトルでどんな風に活躍してくれるのか。ピカは、あまり柔軟なタイプじゃなかったから途中で今までのやり方に戻したけど、フィオーレはまさに自由な発想をしたがるタイプだった。俺が指示を出さなくても、何をすればいいかは直感で分かってしまうらしい。だからこいつに関しては、具体的な指示をせずに自分で考えてもらうスタイルを取らせた」 そう言えば私と戦った時も、レッドが出した指示はたった一言、「今だ!」だけだった。 「それでも十分、フィオーレは強かった。その時初めて分かったんだよ。そう言う奴もいるってこと」 レッドは私を見て微笑んだ。私は思わず、目を逸らしてしまう。 「それから、結局俺はお前抜きだと何にもならない、ただのトレーナーだと言うことを思い知らされたよ。カントーとジョウトのバッジを全部集めたっていう男の子が来て、俺と勝負したんだけどさ、俺より年下なのに、かなり強くてな。ギリギリ、ラスト一匹の差で負けてしまった」 「うそ!?」 私は思わず叫んでしまった。ポケモンリーグのことならともかく、レッドが普通のトレーナーに負けるところが、いまひとつ想像出来ない。私からすれば、彼は非の打ちどころのない完璧なトレーナーなのだ。一体どんな男なのだろうか。私は想像したが、レッドと似たような姿しかイメージ出来なかった。 「お前をもう一度探そうと思ったのは、それからさ。お前ともう一度会いたいと思って、フィオーレに探させた」 「そうだったんだ」 私は言った。ずっと一直線に進んできた彼を、私のわがまま勝手で迷わせ、ひどく傷つけてしまった。そう思うと、胸が痛い。 会話はここで途切れ、知らない人達の絶え間ない話し声が混ざって流れるだけになった。 その時、私は自分の気持ちをはっきり自覚した。私はレッドのことを好きとか嫌いとかいう言葉で語れないほど尊敬しているということ。そして、レッドに対する怒りが、実は私自身への怒りだったということ。 「ねぇ」 周囲の雑音の中、私は改まった。とても恥ずかしいけれど、言わなければいけないことがある。 「何」 「勝手に出て行って、ごめん」 私は、言葉を噛みしめるように言った。 言わなければ、いつまでもレッドに対して怒りを抱き、自分自身を許せないままになってしまうことが分かっていたから。きっとこれが、旅の途中で感じていた閉塞感の正体だろう。どんなに忘れようとしても、心の奥底で後ろめたさは消えていなかったのだ。 一体、レッドに何を言われるのだろうか。どんな罵声だろうと、私は構わなかった。 だけど、レッドの言葉はそうではなかった。親指を唇に当て、恥ずかしそうにしながら、 「俺の方こそ、悪かったな」 と言った。 「お前がどれだけあのバトルをやりたかったか、今日手合わせして良く分かったよ。あの時、一度でもお前に任せたらよかった……いや」 レッドは言葉を切って、少し考え込んだ。 「きっと、あれは俺の手を離れる時だったんだ」 その言葉に、後ろめたさは全くない。そうかもしれない、と私は思った。きっと、一度試したところで私は満足しなかっただろう。もっとやりたい、という欲を募らせて、同じことを繰り返していただろう。 彼の手を離れて自立することが、私には必要だったんだ。 「これでよかったんだよ。これで」 彼は笑った。心の深い奥底にある栓が、ぽんと音を立てて抜けた。感情の流れが、一気に溢れ出しそうになる。私は俯いて、それを必死にこらえた。さすがにみっともなくて、レッドには見せられない。 「これで、よかったのかな」 「あぁ」 レッドは頷いた。多分、私の声は震えていたかもしれない。だけど、レッドは見逃してくれた。 ミックスオレの最後の一口は、特別甘い味がした。 次の日の朝。ポケモンセンターで一泊し、出発の準備を整えて建物を出た。レッドはバッグからポロックケースを取り出して、お前にはこれが必要なんだろう、と大きな布に包んで渡してくれた。 「そう言えば、ライ、お前はこれからどうするんだ?」 レッドは尋ねた。目的地は決まっている。 「最近知ったんだけど、ハナダの洞窟ってところに強いポケモンがいっぱい住んでるって聞いてさ。そこで力を試そうと思う。レッドは?」 「俺は、そうだな……いっそこの地方を離れようかと思ってる。今行こうと思ってるのはシンオウ地方だな。そこで、イチからトレーナーとしてやり直す。今の手持ちも全部預けて、全く新しい仲間と一緒に旅をしたい」 それを語るレッドの目は、輝いていた。朝日のせいかもしれない。そうだ、と、私の中に一つ閃きが生まれる。 「全部預けるんだったらさ、フィオーレを貸してよ」 「フィオーレを?」 レッドは聞き返した。私はゆっくりと頷く。 「うん。一人旅ってのも何だかさびしくってね。それに、いざって時は頼りになるかもしれないし。それに」 言葉を切って、レッドを見上げ、いたずらっぽく笑う。 「いつかまた、あんたと勝負したいから。テレパシーで居場所が分かるんなら、いつでも会いにこれるでしょ」 レッドは少し驚きの表情を見せたあと、ぷっ、と噴き出し、大きく笑った。私もつられて、笑い声を上げた。 「それもそうだな! よし分かった。こんな奴で良かったら、連れていけ」 レッドはボールからフィオーレを出した。大きく伸びをする。 「フィオーレ。ライと一緒に旅をしろ」 フィオーレは急に言われた言葉に驚いた様子で、えぇ!? と言葉を漏らした。 「今までずっとついて来たんだから、今更文句言うことでもないでしょ」 と私は語気を強めて言ってみる。 「分かりましたよう、お供しますとも」 呆れたようにフィオーレは言った。そんな彼女を見て、私とレッドは笑っていた。 旅の途中なのに、何だか新しく旅を始めるような気分だ。お互い、それほど急ぎの用事ではない。気楽なものだ。 レッドはリザをボールから出した。 「送って行こうか」 レッドは聞く。私は首を振って答える。 「いいよ。自分の足で歩きたいんだ」 「そうか」 レッドは言った。リザの背中に乗って、リザに羽ばたきを指示する。 「それじゃ、またね」 私が言うと、レッドは歯を見せて笑った。 「次会う時は、三体だけでお前を倒す」 言ったことは本当に実現してしまいそうなのが、この男の怖いところだ。 「……やってみなよ」 私はレッドと同じ顔をしてみせた。 リザが一気に上空へと浮かび上がっていく。そして、青空の中へとゆっくりと消えていった。 旅の先にはレッドがいる。その先にも、きっとたくさんの強者がいる。 私は、まだまだ強くなりたい。いつかまた会うその日まで、光の槍を折る訳にはいかないのだ。
by junjun-no2
| 2011-06-03 23:09
| 小説
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