<   2011年 06月 ( 2 )   > この月の画像一覧

MONK 前編


 1

「お、俺の負けだ、食い物ならいくらでもやる、だから許してくれぇ」
 私との勝負に敗れたリングマは、しりもちをつき慌てて逃げ出した。約束通り大小様々な木の実を大量に残して。
 だけど、許すも何も、負けたら持っている食べ物を差し出すという以外は何のルールもない。
「慌てて逃げることもないのになぁ」
 私はそう呟いた。たまにそういう奴がいるのだ。特に、ガラの悪い奴。一撃で倒されてしまったことがそんなにショックだったのだろうか。
 脇で見ていた一匹のエーフィが、身体を躍らせながら私に寄ってくる。
「いやーさすがライ先輩! 相変わらずお強いですねぇ」
 フィオーレと名乗るこのお調子者は私のことを褒めつつ、私より先に木の実をがっつき始めた。あんたは何もしていないだろうが。きっと睨んでみても、こいつは意にも介さない。エーフィは空気の流れを読めると聞いたが、こいつの図々しさを見ていると嘘なのではないかと疑いたくなる。
 リングマから勝ち取った木の実を近くの木まで運び、寄りかかったところでようやく一息ついて、木の実を口に放りこむ。運動をした後の木の実は、普段より格段に美味しい。
「私が強いんじゃなくて、周りが弱すぎるんだよ」
 私はフィオーレに言い返す。
「そんなことないですよ。あのリングマも結構やる方だったと思いますよ」
「そうかなぁ」
 私は首を傾げた。あのリングマだって、多分に漏れず、一撃で倒れてしまったではないか。
「それにしても、ライ先輩ってやっぱり有名なんですねぇ。この集落に入った時も、みんなすぐにライ先輩だって分かってたみたいですし。カントー、ジョウト辺りで知らない野生ポケモンのグループはいないんじゃないですかね。バトルで負けなし、最強と呼ばれた旅ライチュウのこと」
 ふん、と私は言ってやった。
 私は自分の力を試すべく、強い相手を求めて各地を旅している。相手のやる気を引き出すために、布に巻いて持ち運んでいるポロックと、相手方の食料を賭けて戦うのだ。今のところ、私は負けたことがない。どいつもこいつも弱すぎるのだ。考えてみれば、生きるだけでほぼ精一杯の野生界で競技としてのバトルなんか楽しんでいる余裕はない。
 ふと上に動くものがあったので、そっちに顔を向けた。何かと思えば、木の枝にしがみついていたコラッタが、一瞬脚を踏み外したらしい。急いで枝につかまり直し、両手両足に力を込めてこちらをじっと見つめる。非常に警戒している。私たちが彼らにとってどういう存在なのかを考えたらすぐに分かることだ。言わば、暴力的な力を持った侵略者。私たちが怖くて降りられない、と言うのは想像がつく。
 周りをよく見ると、コラッタだけではなかった。葉の陰から、木の陰から、私たちに視線が向けられている。このライチュウは、どんな危害を我々に加えるのか分からない。そういう疑いと恐怖の視線だ。
 私は小さな木の実を一つ選び、木の枝の上に投げて乗せた。
「それ、あげるよ。怖がらなくていいよ」
 そう言って、私は立ち上がる。まだ木の実は沢山あったが、両手に一つずつ持つだけにして、私はその場を去る。
「あれ、もう食べないんですか?」
 後ろからついてきたフィオーレが言う。
「あんなに視線あったら、気まずくて食べてられないよ。もうお腹もいっぱいだし、これ以上はいらない」
 振り返らずに、私は答える。いくら勝ち取ったとは言え、こちらが貰い過ぎても、野生のポケモン達が困るだけだ。一介の旅ライチュウには、重すぎる。
「まぁライさんの噂は『負けたらコミュニティ内の食べ物を全部盗られて、小さなポケモンもさらわれる』っていう広がり方までしてますからねぇ」
「はぁ?」
 私は振り返った。そこまでしたことは一度たりともない。あってたまるか。
「噂って怖いもんですよ」
 これじゃあ本当にただの暴君じゃないか。私はため息をつく。
 本当にこんな生活を続けていても、意味はあるのだろうか。ただただ悪名を広げて回るだけの旅で、私は何を得られると言うのか。私はここのところ、この旅路の先が見えなくなってきた。

 ジョウト地方からカントー地方へ、シロガネ山のふもとに沿って南下していく。そろそろ真南はトージョウの滝だろうか。日は沈みかけている。あっちは西。太陽を右手に、空を見上げた。
 太陽が沈み、山に隠れる。鳥ポケモンが頭上を飛び交い、私もフィオーレの姿も影に近くなる。人間の手の入っていない森の中には、電気は一切通っていない。日が落ちれば真っ暗だ。
 今日の旅はここまでだ。私たちは手頃な樹のそばで眠ることにした。
「そう言えば、ライ先輩」
 フィオーレが口を開く。
「何」
 私は目を閉じて言った。
「ライ先輩って、どうして旅をしてるんですか」
 私は返答に困った。それだけは、思い出したくない嫌な思い出なのだ。
 フィオーレの言葉を聴こえなかったことにして、無視を決め込んだ。
「ねぇ、ライ先輩」
「私知りたいんですよ」
「ねぇ、教えて下さいよ」
 フィオーレは一呼吸置きに言ってくる。うるさい。ここまで騒がれては、さすがに眠れない。何だかんだ言いつつ、私は結局このエーフィのわがままには逆らえないのかもしれない、と肩を落とした。
「しょうがないなぁ。話すからさ、黙ってくれないかな」
 眠りの世界と現実の狭間で、私の頭はふらふらだった。眠い目を擦りながら、私は何から話そうか考える。
 フィオーレは、黙ってくれという言葉を忠実に守っていた。その調子の良さに、妙に腹が立つ。一つため息が漏れた。
「私もね、元々は人のポケモンだったんだよ」
 私は一呼吸置いて、話し始めた。


 2

 私はトキワの森で生まれた、ごく普通の野生のピカチュウだった。
 元気にあちこちを走りまわるようになり、そろそろ自立しようかという時に、ヒトカゲを連れた人間と出会った。彼の名前を、レッドと言った。赤い帽子がトレードマークで、いつも深く被って、あまり自分の目や表情を見せない人だった。マサラタウンから来た、と彼は言う。
 つい最近旅に出たばかりで、これからポケモンリーグに挑戦するためにジムバッジを集めに行くそうだ。私はそのヒトカゲに次ぐ、二番目のパートナーとなった。
「これからもよろしくな」
 入れられたボールから出されて、もう一度握手を求められた。ピカチュウは尻尾で握手する。私は尻尾を出して、彼につまませた。彼の顔は良く分からなかったが、口元の笑みを浮かべたのを見て、この人と一緒ならきっと楽しくなるだろう、と予感していた。
 仲間のしるしだ、と言って、レッドは小さな首飾りを私にかけてくれた。レッドの手持ちには、全て同じ首飾りがぶら下がっている。
 レッドは勝利に貪欲な男だった。と言うより、負けるのがとことん嫌いだった。
 彼の頭の中にはありとあらゆるポケモンの知識が入っていて、勝負の前には緻密な戦略を練り、考えられる全ての状況を考えてから戦いに挑む。そんな彼のやり方が功を奏し、一度たりとも負けることはなかった。
 レッドに鍛えられた手持ちの中で、とりわけバトルの腕を上げたのは、ヒトカゲと私だった。ヒトカゲは彼の最初のパートナーでもあり、レッドの考えをいち早く見抜いて忠実に実行することに長けていた。私は私で、戦闘や電撃の扱いのセンスがずば抜けていることに気付き、バッタバッタと相手をなぎ倒していった。
 やがて、私とヒトカゲ(二匹とも進化して、ライチュウとリザードンになった)の間にも、力の差が見えてくるようになった。リザードンが少しつまづくようなバトルでも、私は平気な顔して勝つことができた。強い敵と戦い勝つことが、私の喜びだった。身体を動かすことは好きだったし、何よりレッドが褒めてくれるから。「レッドと言うトレーナーに、ライチュウを使われたら勝ち目はない」。カントーのトレーナーの間に、そんな噂が流れ始めた。
 最後のジムに挑む頃だっただろうか。私はあるバトルのアイデアが浮かぶと同時に、ふと疑問に思った。ポケモンはトレーナーの指示に従い、自らを鍛え、戦う。――本当にそれでいいのだろうか。
 レッドのトレーナーとしてのやり方は、ポケモンの全てを管理しきっている。裏を返せば、ポケモンに自分で考える自由が与えられていない、と言うことにはならないだろうか。
 そう思った瞬間、私は何もかもが急に息苦しく感じられた。私は縛られている。このまま、彼の行く道を、黙ってついていくだけ。私が勝負に勝つんじゃない、レッドが勝負に勝つんだ。私でなくても、きっとレッドは勝利を掴むだろう。じゃあ、私って一体何なんだろう。急に全てが分からなくなった。
 一度、自分にバトルの全てを任せてほしい、と言ってみようと思ったが、すぐに諦めた。どうせ、彼は受け入れてくれないだろう。自分が全てを管理しなければ気が済まない。旅をしていくうちに、彼のそんな性質が浮き彫りになっていく。私にはそれが嫌で嫌でたまらなかった。
 出来る限り気付かれないように、バトルに影響しないように、私は隠し続けた。相変わらず、負ける事はなかった。
 カントー地方のナンバー1を決定する、ポケモンリーグ。チャンピオンロードを抜け、会場のセキエイ高原に辿り着いた。大会が始まって、会場が盛り上がっても、レッドも私たちもさほど緊張せずに一回戦をあっさりと勝ち抜いた。
 その晩、思い切って私はレッドに、自分の思いを打ち明けてみた。一度だけ、自分の考えた通りにバトルさせてくれないかな? そう、彼の神経を出来るだけ逆なでしないように言ったつもりだった。
「俺が一度でも間違ってたことがあるのかよ」
 だけど、レッドは私を怒った。馬鹿なことを言うなと、ぴしゃりと言いつけられた。
 事実、彼は間違わない。彼の言う通りにしていれば、負けはしない。その正しさが、彼の強さであると言うことは、誰もが認めるところだった。しかしそれが、私の心を締め付ける。
 2回戦。3回戦。私はレッドの指示通りに行動し、相手のポケモンを翻弄し、撃墜していく。
 そのたびに、身体の底から苛立ちを感じた。違う、私がやりたいのはこんなことじゃない。こんな戦いじゃ、何にも楽しくない。倒れてモンスターボールに戻っていく相手のポケモンを見ながら、そんなことを考えた。戦いが終わり、控室に戻るたび、自分の思う通りにやらせてくれと、同じことを頼もうとして諦める。きっと何度頼んでも、同じなのだろう。一度でいいのに、一度でいいのに、一度でいいのに!
「今日の動きは、粗っぽかったぞ。勝てたからよかったけど……もっと丁寧に動いてくれよ。分かったか?」
 レッドがこの一言を放った瞬間、私の中で怒りの糸が切れた。心の中がどうしようもない気持ちでいっぱいになり、行動を決意する。
 準決勝の前夜、全員が寝静まった頃、私はこっそりモンスターボールから抜け出し、ポケモンリーグから脱走した。かばんの中から取り出した、どこかで貰ったポロックケースを布に包んで。
 その後、レッドがどうなったのか、私は知らない。それから一切、彼と関わることもなく、思い出すことさえしなかった。


 3

「……まぁ、こういういきさつで旅をしてるってわけ」
 意外と、細かいところまで思い出せてしまったことが、私は悔しかった。レッドの仏頂面を思い出すだけで、ポケモンリーグ前のあの怒りが甦ってくる。
 一人旅を始めてから、身の上話を聞いてくるポケモンなんて誰もいなかった。だから心にふたをすることは簡単だったし、毎日バトルのことだけ考えていれば良かった。
 あれから3年が経過している。今もし、レッドに会ったら何と言われるだろうか。想像しようとしたが、さっぱりだ。逆に、レッドに会ったら何と言ってやろうか。それを考えても、特に何も思いつかなかった。実際に会ったら、何か言うことが見えてくるのかもしれないが、会うなんてことは万が一つにもないだろう。
 そう言えば、途中からフィオーレの相槌は一切なくなった。私は彼女の方を向く。
「ねぇ、聞いてる? って、寝てるし」
 横にいるフィオーレは、身体を丸めて完全に眠っていた。話に夢中になって、全然気付かなかった。いつから寝ていたのだろうか。もしかして、これは話し損か?
 仕方がない。暗い気持ちを晴らすためにも、私はさっさと寝てしまうことにした。

 次の日の朝、日の出と共に目が覚める。大きなあくびを一つして、フィオーレを踏み起こし、また歩き始めた。
「あれ」
 ふいに、フィオーレが空を見上げて呟いた。私もそれにならう。
 雲の少ない青空に、大きな鳥が飛んでいる。その影は段々大きくなり、それは鳥ではないことに気付いた。鳥と言うより、竜に近い姿をしている。
「リザードンですかね」
 本当だ。リザードンを野生で見る事は殆どない。あれはきっとトレーナーを乗せているのだろうと推測した。
 そんな様子を眺めているうちに、気付くことがあった。そのリザードンは、明らかにこちらに向かって飛んできている。顔の形でさえ判別できるほど近づいたところで、彼のぶら下げてる首飾りに気付いた。

 まさか、このリザードンの背中に乗っているのは。

 瞳孔を開き、全身の毛が逆立つ。全身を電気が走り、一瞬にして一触即発の身体になる。
 リザードンが私たちから数メートルのところに着陸すると、背中から一人の男が降りた。赤い帽子を深く被った、私の良く知る姿。
「レッド」
 私は口から、彼の名前がこぼれた。彼はリザードンをボールに戻すと、私の方に一歩一歩近づいてきた。お互いの目が合う。私は彼を睨みつけた。
「どうしてここが……ってか、今更何をしにきたのさ」
 強い口調で、私は言う。睨んでみても、彼はまるで応えない様子で、一歩一歩歩みを進めてくる。
「昨日、連絡があった。お前がここにいるから、今すぐ来いって」
 記憶よりも、ずっと低い声でレッドは語りかける。心なしか、背も伸びている気がする。
「誰から」
 私は威嚇の姿勢を崩さず、聞いた。レッドは、すっと指をこちらに向けた。いや、私のほうではない。私の隣にいる、フィオーレを指さしている。
「フィオーレ」
「はーい」
 彼は名前を呼び掛けた。手を開き、彼女を招き入れるポーズを取る。
「こいつのこと、知ってるの?」
 フィオーレは、彼の呼び掛けに応えて、しっぽをぴんと立てながらレッドの元へ駆けよった。
「そりゃあ、俺のポケモンだからな」
 レッドは不敵な笑みを浮かべてみせた。私は驚きを隠せなかった。レッドがエーフィを持っていたことなんて、これっぽっちも知らない。
「お前がいなくなった後、仲間になった。テレパシーが使えるから、お前の居場所を調べてもらっていたんだよ」
「幸いライ先輩の名前は広まっていましたから、探し出すのにはそれほど苦労しませんでしたよ」
 フィオーレはレッドの脚に頭をこすりつけた。
 道理で、こいつが私のことを先輩と呼ぶわけだ。私の話は、大体知ってると言うわけだ。
「昨日ライ先輩のお話を聞いて、あなたがマスターの探しライチュウだって確信したんです。それで連絡させて頂きました」
 とどのつまり、私の口からレッドの名前が出るかどうかで、最後の確認をしたかったということだったのか。ぺらぺらと必要以上に喋ってしまって、恥ずかしい。
 問答をしているうちに、何だか怒りが冷めてしまった。それはとてもばかばかしいことのように感じてしまう。こいつらの策略にまんまとはまってしまったようだと、私は肩をすくめた。
 全身はち切れんばかりに溜まった電気は徐々に周囲に漏れて、逆立った毛並みも次第に元に戻っていた。
「それで、私に何の用があって来たの」
 私は投げやりな口調で聞いた。もしまた仲間に戻れと言われたら、困る。レッドと一緒に居たら、また私は彼に媚び、辛い思いをする気がする。かと言って、この生活を続けていても、先は見えない。
 そんなことを考えて嫌な気分に浸っていたが、彼の答えは全く別のものだった。
「ライ、俺とバトルしてくれないか」
 モンスターボールを一つ取り出して、彼はもう一度私に真剣な眼差しを向ける。

 私は彼を真っすぐ見つめ返して、頷いた。バトルなら、迷うことは何もない。


 4

「全力を尽くすよ。持てる手段を全部使って、お前を倒す」
 レッドは宣言する。極度の負けず嫌い。そう言うガツガツしたところは、改めてやはり少し嫌な感じを受ける。だけれど、勝負を挑まれる立場になって、何となく分かった。バトルに一切手を抜かないことは、相手に対する最大の敬意なのだ。私は、全力で戦いたい。レッドの言葉は、私に高揚感を与えた。
「……やってみなよ」
 私は口元にだけ、笑みを浮かべた。レッドを見据えて、一挙一動を見逃さない。
「いくぞ」
 ずっとレッドの隣にいたフィオーレが先発かと思ったが、どうやら違うらしい。レッドはボールを投げ、一匹目のポケモンを出す。光がシルエットとなって、私より小さな黄色い姿が現れる。そこにいたのは、ピカチュウだった。首から、何やら黄色い石のかけらのようなものをぶら下げている。
「初めまして、ライ先輩。ピカって言います」
 私の知らないうちに、レッドも新しい手持ちを増やしていたようだ。ピカは私に挨拶をして、不敵な笑みを浮かべた。
「うん、初めまして。宜しく」
 私は笑った。頭の中で、戦いのゴングが鳴り響く。私は再び、全身を電気の力で満たす。
「ピカ、かげぶんしん!」
 レッドが指示を出す。ピカの姿が二重にぶれ、三重にぶれていく。その数は加速度的に増え、三百六十度を同じ姿に囲まれた。レッドは指をさして、すかさず次の指示を送る。
「ボルテッカー!」
 全てのピカチュウが、私に向かって突撃してくる。なるほど、何処から来るか悟らせない戦法か。電気エネルギーをまとったピカチュウに、黄色い光が見える。全ての方向をぐるりと見渡して、本物を見破るほどの時間はない。前方に迫り来る黄色いエネルギーの塊を見据えながら、後ろの空気を感じ取ろうとした。
 だが、何か様子がおかしい、と思った。たかだかピカチュウの身体で、ここまで強い電気を出せるものなのか? 全身に、悪い電流が走る。私は補助技、こうそくいどうを使う。感覚を研ぎ澄ませ、一時的に身体能力を強化する。強化された脚力でもって、近寄ってくるボルテッカーの輪を飛び越えた。勢い余って、草はらの上を転がった。
 私が避けたことで、包囲するための分身は消滅した。相手の姿は一つに戻る。ピカは振り返って、私とまた対峙する。
「どうしてこんな強い電気を出せるかと、疑問に思ってるみたいですね。これですよ、これ」
 ピカは胸にぶら下げた黄色い石をを持って、前に出した。
「でんきだま、って言って、ピカチュウの電気の力を二倍に増幅させる効果があるんですよ。これさえあれば、ライチュウの電撃にだって劣らない」
 ピカは自信満々に言って、にやりと笑む。なるほど、道理でエネルギーが多いわけだ。
 レッドが自分の手持ちに与える首飾りには、それぞれのポケモンの良さを増幅させる道具がつけられている。私の場合、状態異常を治すラムの実だったが、使う機会は少なかった。道具持ちは、相手にとって厄介なものとなるのが普通だが、私には関係ない。それ以上の力でねじ伏せる。
「起き上がる隙を与えるな、ピカ! 追いかけ続けろ!」
 はいよっ、と答えると、ピカは再び私に向かって突進してくる。
 ピカがどう思ってるかは知らないが、彼の動きは私からすればそんなに早くない。私は前方に、ひかりのかべを張った。オレンジ色した半透明の板が、私の目の前に現れる。ピカは自信満々に叫ぶ。
「ひかりのかべじゃ、僕の技は止まりませんよ!」
「知ってるよ」
 私は答えた。
 ひかりのかべは、水や火や電気の進行を妨げるが、物理技などの固体は一切貫通する。ボルテッカーは物理技だから、身を守るにはミスマッチだ。だが、私の狙いはそこにはない。
 ひかりのかべは、一瞬のうちに長い槍状に変化した。生成された半透明の長い槍が、目の前に現れて、それを右手に巻きつける。自分の身体と密着させることに、意味がある。
 私はピカより速い速度で飛び込み、ひかりのかべの槍を強く振り抜いた。
 ピカの身体に触れた瞬間、ドン、と雷が落ちたような重たい音がする。通電。強い電撃を喰らわせた時に発生する音だ。
「が……ッ!」
 ピカの動きが、空中で止まった。そのまま勢いを失い、地面に倒れる。草の上に落ちる音が、ひどく無抵抗に響く。ピカの方を見なくても私には分かった。戦闘不能だ。
「戻れ、ピカ」
 ボールをかざし、レッドがピカを戻す。私はもう一度、軽く光の槍を振った。レッドは右腕を顎に当て、寸分の後に口を開いた。
「……なるほどね。ひかりのかべは物体を貫通してエネルギーは貫通しない。だけど、エネルギー自体の伝導率は高い。だから、ひかりのかべに電気を流せば、相手の身体を貫いて身体の中から電撃を浴びせられる」
「そういうこと」
 レッドの言葉に、私は笑みを浮かべながら頷いた。どんなに電気に耐性があるポケモンでも、身体の中から攻撃されてはたまらない。
 それに、電気技は強力なもので無ければ空気を伝って行かず、多くの場合近距離で攻撃するしかない。
 ひかりのかべを操れば、電気の弱点を二つも克服できるのだ。
 胸を張って言える。これこそが、私のやりたかった戦法。自分の感じたように作り上げた、私だけのバトル。
「さぁ、次は誰を出してくるんだい?」
 私はレッドにひかりのかべの電気槍の矛先を向けた。
[PR]
by junjun-no2 | 2011-06-03 23:09 | 小説

MONK 後編

 4-2

 カビゴンのゴンは相変わらずのんきに構えてのしかかってきたが、素早い動きでかわした。技は喰らわなかったものの、種族自慢の体力はすさまじかった。首から下げられたたべのこしの効力もあって、槍を四回振るわねば倒せなかった。
 フシギバナのフッシーは厄介で、あらゆる植物を操って、近接を妨げてくる。一発入れるのに何度転んだか分からない。フッシーもその巨体によく似合う耐久力の持ち主で、植えつけられたやどりぎのたねに体力を奪われながら、三度目の槍でようやくギブアップしてくれた。するりとやどりぎは解けてくれたものの、これでもまだ半分だ。先は長い。
 カメックスのメックスには、苦労した。殻にこもって身体を守られると、槍が折れてしまった。全ての技を防ぐ技、まもる。何度も槍を生成し直し、攻撃するもまた槍の方が甲羅に負けてしまう。本当のところ、この技を連続で成功させるには相当な技量が要るらしい。二連続成功すればいい方だ。それなのにメックスは連続六回も成功させてしまった。
 攻撃しているのはこっちなのに、相性でも勝っているはずなのに、逆に追い詰められているような気分になるのはどうしてだろう。痺れてひっくり返ったメックスの姿を前にしながら、心の中に焦りが生まれる。
 今までレッドと戦ってきたトレーナーは、こういう思いを味わってきたのか。攻撃にも防御にも、一片の隙も見せないレッド。かつて出会ってきた対戦相手の強さの槍は、彼にちょっと動かれただけでことごとくへし折られていく。私も、今多くのトレーナーと同じ脅威を感じている。
 レッドは最初に言った。持てる手段を全部使う、と。彼は、手持ちの六匹を全部使うつもりなのだろう。ならば、これは根競べだ。心がくじけた方が負けなのだ。

 ラスト二匹。先に出たのは、リザードンのリザだった。
「よう、ライ。元気か」
「君達みんなタフすぎて、そろそろバテて来ちゃったかもねー」
 私はおどけて言ってみた。リザはふっとため息をつくように笑った。事実、そろそろ身体から電気を作るのが辛くなってきた。同じ威力で、せいぜいあと一、二回が限界だろう。私は深く息を吸い、乱れた呼吸を整える。全身から溢れんばかりの熱を感じる。冷たい空気と肺の熱気が混ざり合うのを感じる。
「飛べ、リザ!」
 レッドからの指示を受けると同時に、リザは羽ばたいて一気に空へと舞い上がった。
 空中に逃げれば手出しできないと踏んだか。かみなりのような巨大な電気を扱う技を使えば、遠く離れた相手にも電撃を当てることは出来ただろう。だが、あいにく私はそういう技を持ち合わせてはいない。電気技は10まんボルト一本だ。
「だいもんじ!」
 レッドが空に向かって叫ぶ。リザは口を開く。喉の奥から光があふれ、弾けそうになったところで口から高音の火球を放った。火球は私の方へととんでもないスピードで迫ってくる。瞬きするほどの刹那、こうそくいどうで出来るだけ遠くに跳んだ私は何とか直撃は免れた。
 だが、だいもんじという技はこのままでは終わらない。二段階の攻撃。地面に触れた瞬間、炎は五方向に広がる。炎の腕の一つが迫りくる。私はもう一度跳び避けるが、転倒してしまう。炎は自分の背丈よりも遥かに高く激しく燃え盛る。起き上がってみたものの、炎の方は熱に目を開けていられない。長く残る炎は、大技ならではのもの。直撃していたらと思うとぞっとする。
 私は空を見上げてリザの姿を探した。空中を大きく旋回している。
 もう一度攻撃される前に、こっちから攻めるしかない。攻め手はある。
 私は右手から、ひかりのかべを糸のように細く、細く、生成した。ある程度のところまでは生成にとても神経を使うので、大きな隙が生まれてしまう。炎で自分の身体が隠れている今しかできないことだ。
 細い糸を自分の身長の半分ほどまで作ったところで、一気に生成は楽になる。人間の言葉で例えるなら、スピードの乗ってきた自転車だ。後は加速度的に伸びていく。
 このオレンジ色の光の糸は、完全に私の思い通りに動く。蛇のように伸縮自在の糸だ。
「行け!」
 小さく叫んだ掛け声と共に、糸が空へと伸び飛んでいく。リザの飛ぶ方向へ、一直線だ。
「リザ、何か来てる! 急降下しながらエアスラッシュ!」
 あともう少しのところで、レッドが叫ぶ。この糸の存在に初見で気付かれるなんて。今まで想定もしていなかったことに、軽いショックを覚える。すぐに気を取り直し、糸に集中する。
 リザは頭を地面に向けて、高度を強引に下げる。私は糸を操り、更に伸ばしながらリザの姿を追った。高度を充分下げたリザは私の姿を捉えたらしく、鋭い爪で空気を切り裂き、刃を放つ。
 糸を操るのは集中力を要するため、高速移動との併用は今の私には出来ない。かと言って、折角作った糸を解除する訳にはいかなかった。空気の刃が迫る中、私に閃きが生まれる。
 伸ばした糸は、今もなお空中に残り続けている。今まで伸ばした軌道が全て固定されているのだ。そして今リザは、最初に一直線に伸ばした糸の真下にいる。つまり、これ以上糸を伸ばす必要はない。
 私は、糸を全て下に落とした。その軌道上にいたリザに、糸が触れる。その瞬間、私は思いっきり糸に電流を流しこんだ。通電。パァン、と弾ける音が響いて、くるくるとリザは地面に落ちていく。私は素早く糸を解除し、高速移動でその場を離れた。空気の刃が、元いた場所の地面を切り裂く。
 リザが地面に触れる前に、レッドはリザをモンスターボールに戻した。戦闘不能だ。
「あと一匹」
 私はひかりのかべを、再び槍の形に戻した。

 レッドは一切表情を変えなかった。まだ負けたとも、勝ったとも思ってはいない。そういう緊張感に溢れた顔をしていた。
 六匹目。ずっとレッドの足元にまとわりついていたフィオーレが、ついに前に出る。
「フィオーレ。後は頼んだぜ」
 紫色のしなやかな体が、ゆったりとした動きで近づいてくる。
 ある程度の距離で、フィオーレは立ち止まって腰を下ろした。
 その距離は、公式試合のフィールドに描かれているモンスターボールの図形を思い出させる。

「さすがライ先輩、本当にお強いですねぇ」
「そういうの、いらないよ」
 フィオーレには申し訳ないけれど、ジョークに笑えるほどの余裕は無かった。フィオーレは普段のように飄々とした顔をして、私の方を見つめた。
 まっすぐに行こう。相手の技を一度も受けはしなかったものの、持久戦により体力はもうあとわずか。自分の体力の無さを恨みつつ、少ない選択肢の中で懸命にシミュレートする。
 次の一発に賭けるしかない。私の心が、信号を出す。
 息を吐いて、こうそくいどうを自分にかけた。二度その場で飛び跳ね、確かに感覚が研ぎ澄まされたのを感じる。そして三回目、私はフィオーレの方へと跳んだ。風を切り、フィオーレの方へと駆ける。疲れのせいか、彼女の姿を捉えようとしても大雑把なシルエットしか見えない。彼女の姿はその場から動かなかった。それだけを確認して、私は気にも留めなかった。
 自分の身長大に伸ばした槍を、思いっきりフィオーレに突き出す。
 しかし。槍はフィオーレの体をするっと通り抜けた。勢い余って足がもつれ、天地がひっくり返る。一瞬、何が起こったか理解できなかった。
 電気の弾ける音と衝撃がない。電気が、流れていない!?
 フィオーレはその場から一歩も動かず、ただ胸を張って私の槍をただ受け入れていた。あたかも、攻撃は失敗すると知っていたかのように。
「今だ!」
 レッドの声が飛ぶ。いや、フィオーレの行動はそれよりも一歩早い。振り返って、紫色の目を光らせると、私の体は地面につくことなく、見えない大きな力で空に放り投げられる。無理やり加えられた加速度に体がついていかず、空気抵抗の洗礼を受けて自由を失う。
 視界は、虹色の光線が迫ってくるのを捉えた。しかし成す術無く、直撃してしまう。頭の中がぐるぐるとかき混ぜられて、脳が捻じ切れそうだ。ああ、目が回る。
 そして、自由落下。私は何の覚悟も出来ないままに、地面に叩き付けられた。ぐえっ、と今まであげたこともないような声が漏れる。
 あぁ、もう力が入らないや。ゆっくりと大の字になって、空を見上げた。形の崩れそうな綿雲が、目に見える速さで流れていく。
 戦闘不能。私の、負けだ。

 そのうち、レッドとフィオーレが駆けてくる。
「大丈夫ですか」
 心配そうにフィオーレが尋ねる。
「全身がすごく痛いや。やりすぎだよフィオーレ」
 私は文句のように言葉を投げた。
 だが、納得いくまで身体を動かせたせいか、やりたいことを全てやりきれたせいか、私の心は妙に満ち足りていた。
「ポケモンセンターまで連れてくよ。立てるか」
 レッドが手を伸ばす。にっ、と口を上げて笑った。彼がこんな顔をするのも珍しい。何となく、昔より表情が豊かになっている気がした。私は右手を伸ばす。茶色い手はがっしりと掴まれて、力強く引き上げられた。


 5

 最寄りのポケモンセンターに着くまでに、途中何度も休憩を取った。川の水を飲んで、歩ける程度には回復した。リザもげんきのかけらで体力を戻してもらったものの、本調子ではなさそうだ。空に橙と青が混ざる頃、ようやく辿り着いた。
 レッドはモンスターボールを六個、トレーに乗せてカウンターに持っていく。
「お願いします」
「かしこまりました。そちらのライチュウはどうなさいますか? 随分疲れてるみたいですが」
 受付がレッドはこっちを向いて、聞いてくる。ポケモンの体調を一発で見抜くのは、プロなんだろうなぁとぼんやり考えた。
「どうする?」
 私は首を振った。レッドに会えた今日だからこそ、話したいことがたくさんある。治療に当てるのは勿体ない気がした。
「構わないみたいです。こいつと会うの、凄く久しぶりなんですよ」
 レッドはそう伝えた。
「かしこまりました、それでは、こちらのモンスターボールだけお預かりしますね」
 そう言って、受付はトレーを持って裏手へと戻っていった。

「これ、飲むか」
 レッドが、ミックスオレの缶を私に差し出した。私の好きな味だ。両手で受け取ると、ひんやりとした鉄の感触が懐かしい。飲むのは随分久しぶりになる。
 ラウンジのベンチに腰掛けて、私とレッドは並んでいた。レッドは手に持っている缶コーヒーのふたを開ける。私も、歯を上手に使ってプルタブを空ける。かこっ、という音を聞くと、何だか彼と一緒に旅をしていた時のことを思い出す。
「やっぱりおいしいなぁ、これ」
 オレンジ色した甘いミルクの味が、口の中に広がる。タマムシシティの屋上で飲んで以来のお気に入りで、自販機を見つける度に同じものが売っていないかと期待していた。ポケモンセンター内ではよく見かけるが、道中では殆ど見ないということに気付いて、私はポケモンセンターに着くたびにレッドにせがんでいた。激しいバトルの後なら、必ず買ってくれた。
 しばらくの後、レッドはぼそりと呟いた。
「強くなったな、ライ」
 私はレッドの顔を見たが、レッドの視線は前のままで、その続きを話す。
「ひかりのかべと10まんボルトの複合技。それに、こうそくいどうによる身体強化。面白い戦い方を考えたな。俺じゃ絶対思いつかないし、仮に思いついたとしてもあそこまで完成度の高い技にはならなかっただろうなぁ」
 レッドは素直に感心しているようだった。私を見て、目を輝かせていた。でしょ、と私は胸を張る。
「でも、負けちゃったけどね」
 と付け加えて、苦笑する。
「そうだな。弱点はまだまだ沢山あるだろう」
 彼は私の言葉をくそまじめに解釈した。私がふてくされるよりも早く、レッドは言葉を続けた。
「今回俺が弱点だと思ったのは、回数制限だな」
 そう言われて、フィオーレに技が決まらなかった時のことを思い出す。そういえば。
「最後、フィオーレとバトルした時、私の技が上手く決まらないって分かってたの?」
 私自身、電気を放てるかどうか分からなかったと言うのに。レッドには確信があったのだろうか。私の疑問に、レッドは答える。
「普段バトルって長丁場になるものじゃないからあまり気にならないんだけど、ポケモンの技には使える回数に限度がある。10まんボルトの攻撃回数はどのポケモンも十五回までなんだよ」
「そうなの!?」
「逆に言えば、自分の電気の力を十五等分するようなパワーで打つのが10まんボルトって言う技なわけ。本人の意識に関係なく、ね」
 私は驚きを隠せなかった。初耳だった。六連戦なんて初めてのことで、今まで気にも留めたことのないことだった。
 それで、守りを中心にした戦いをしていたのか。私に技をたくさん発動させる為に。
「まさか、フィオーレと戦う時に十五回になるように調節してた訳じゃ……?」
「それは流石に、まさかだよ」
 私の疑いに、レッドは笑った。
「でも、技のエネルギーが消費された回数はしっかりカウントしていた。出来る限り早く技を十五回出させるようにはしたけれど、思ったよりお前の電撃が強かったから、全部使い切らせるのに五匹もかかった。正直間に合わないんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」
 それでも、レッドは強い。彼のポケモンと戦略は難攻不落だと言う事を、相手にしてみて初めて実感した。

「そう言えば、レッド。ポケモンリーグはどうなったの」
 私はふと思い立って、三年前のことを聞いてみた。私は準決勝前日に逃げ出したから、結末を知らない。あぁ、と思い出したようにレッドは言う。
「準決勝で負けたよ。ドラゴン使いのワタルって奴に。ドラゴンタイプのポケモンの強さはケタ違いだったな。お前無しじゃ歯が立たない相手だった。打つ手なしさ」
 レッドは肩をすくめた。
「あの時はライがいなくなったことがショックで、三位決定戦にも全く身が入らなかった。それも負けてしまったよ」
 そう言って、コーヒーをすする。
「で、そのワタルをグリーンが倒して、グリーンがチャンピオンになった。でも、あいつはやりたいことが他にあるからってチャンピオンの座をワタルに譲ったのさ。それから三年間、ワタルがチャンピオンの座を守り続けているらしい」
 グリーンとは、レッドと同時期に旅に出たライバルだ。道中たまに勝負をしかけてきて、一度も私達に勝つことはなかったが、彼の中にはただならぬ強さを感じた覚えがある。話を聞いて、私は納得した。
「それで、レッドは三年間何してたの?」
「殆どシロガネ山に籠って修業してたな。俺のトレーナーとしてのやり方は、本当に正しかったのかが分からなくなって、さ」
 少し俯いた様子で、レッドは語る。レッドの戦いは、緻密に戦略を組み、それをポケモン達が忠実に実行するやり方だ。
「本当はもっと、ポケモン達に判断を任せるべきじゃないのか。その方が、よっぽど楽に戦えるんじゃないのか。そう思い始めたら、止まらなくなった」
 レッドの迷いの原因は、間違いなく私にあるのだろう。確かに、彼のやり方が気に入らなかったのは事実だった。でも、立場のせいだろうか、今ならあの戦い方を認められる気がしていた。それだけに、話を聞いているととても後ろめたい気持ちになった。
「俺は新しく、ピカとフィオーレを育てた。自由な発想を持って育ったポケモンが、バトルでどんな風に活躍してくれるのか。ピカは、あまり柔軟なタイプじゃなかったから途中で今までのやり方に戻したけど、フィオーレはまさに自由な発想をしたがるタイプだった。俺が指示を出さなくても、何をすればいいかは直感で分かってしまうらしい。だからこいつに関しては、具体的な指示をせずに自分で考えてもらうスタイルを取らせた」
 そう言えば私と戦った時も、レッドが出した指示はたった一言、「今だ!」だけだった。
「それでも十分、フィオーレは強かった。その時初めて分かったんだよ。そう言う奴もいるってこと」
 レッドは私を見て微笑んだ。私は思わず、目を逸らしてしまう。

「それから、結局俺はお前抜きだと何にもならない、ただのトレーナーだと言うことを思い知らされたよ。カントーとジョウトのバッジを全部集めたっていう男の子が来て、俺と勝負したんだけどさ、俺より年下なのに、かなり強くてな。ギリギリ、ラスト一匹の差で負けてしまった」
「うそ!?」
 私は思わず叫んでしまった。ポケモンリーグのことならともかく、レッドが普通のトレーナーに負けるところが、いまひとつ想像出来ない。私からすれば、彼は非の打ちどころのない完璧なトレーナーなのだ。一体どんな男なのだろうか。私は想像したが、レッドと似たような姿しかイメージ出来なかった。
「お前をもう一度探そうと思ったのは、それからさ。お前ともう一度会いたいと思って、フィオーレに探させた」
「そうだったんだ」
 私は言った。ずっと一直線に進んできた彼を、私のわがまま勝手で迷わせ、ひどく傷つけてしまった。そう思うと、胸が痛い。
 会話はここで途切れ、知らない人達の絶え間ない話し声が混ざって流れるだけになった。
 その時、私は自分の気持ちをはっきり自覚した。私はレッドのことを好きとか嫌いとかいう言葉で語れないほど尊敬しているということ。そして、レッドに対する怒りが、実は私自身への怒りだったということ。

「ねぇ」
 周囲の雑音の中、私は改まった。とても恥ずかしいけれど、言わなければいけないことがある。
「何」
「勝手に出て行って、ごめん」
 私は、言葉を噛みしめるように言った。
 言わなければ、いつまでもレッドに対して怒りを抱き、自分自身を許せないままになってしまうことが分かっていたから。きっとこれが、旅の途中で感じていた閉塞感の正体だろう。どんなに忘れようとしても、心の奥底で後ろめたさは消えていなかったのだ。
 一体、レッドに何を言われるのだろうか。どんな罵声だろうと、私は構わなかった。
 だけど、レッドの言葉はそうではなかった。親指を唇に当て、恥ずかしそうにしながら、
「俺の方こそ、悪かったな」
 と言った。
「お前がどれだけあのバトルをやりたかったか、今日手合わせして良く分かったよ。あの時、一度でもお前に任せたらよかった……いや」
 レッドは言葉を切って、少し考え込んだ。
「きっと、あれは俺の手を離れる時だったんだ」
 その言葉に、後ろめたさは全くない。そうかもしれない、と私は思った。きっと、一度試したところで私は満足しなかっただろう。もっとやりたい、という欲を募らせて、同じことを繰り返していただろう。
 彼の手を離れて自立することが、私には必要だったんだ。
「これでよかったんだよ。これで」
 彼は笑った。心の深い奥底にある栓が、ぽんと音を立てて抜けた。感情の流れが、一気に溢れ出しそうになる。私は俯いて、それを必死にこらえた。さすがにみっともなくて、レッドには見せられない。
「これで、よかったのかな」
「あぁ」
 レッドは頷いた。多分、私の声は震えていたかもしれない。だけど、レッドは見逃してくれた。
 ミックスオレの最後の一口は、特別甘い味がした。


 次の日の朝。ポケモンセンターで一泊し、出発の準備を整えて建物を出た。レッドはバッグからポロックケースを取り出して、お前にはこれが必要なんだろう、と大きな布に包んで渡してくれた。
「そう言えば、ライ、お前はこれからどうするんだ?」
 レッドは尋ねた。目的地は決まっている。
「最近知ったんだけど、ハナダの洞窟ってところに強いポケモンがいっぱい住んでるって聞いてさ。そこで力を試そうと思う。レッドは?」
「俺は、そうだな……いっそこの地方を離れようかと思ってる。今行こうと思ってるのはシンオウ地方だな。そこで、イチからトレーナーとしてやり直す。今の手持ちも全部預けて、全く新しい仲間と一緒に旅をしたい」
 それを語るレッドの目は、輝いていた。朝日のせいかもしれない。そうだ、と、私の中に一つ閃きが生まれる。
「全部預けるんだったらさ、フィオーレを貸してよ」
「フィオーレを?」
 レッドは聞き返した。私はゆっくりと頷く。
「うん。一人旅ってのも何だかさびしくってね。それに、いざって時は頼りになるかもしれないし。それに」
 言葉を切って、レッドを見上げ、いたずらっぽく笑う。
「いつかまた、あんたと勝負したいから。テレパシーで居場所が分かるんなら、いつでも会いにこれるでしょ」
 レッドは少し驚きの表情を見せたあと、ぷっ、と噴き出し、大きく笑った。私もつられて、笑い声を上げた。
「それもそうだな! よし分かった。こんな奴で良かったら、連れていけ」
 レッドはボールからフィオーレを出した。大きく伸びをする。
「フィオーレ。ライと一緒に旅をしろ」
 フィオーレは急に言われた言葉に驚いた様子で、えぇ!? と言葉を漏らした。
「今までずっとついて来たんだから、今更文句言うことでもないでしょ」
 と私は語気を強めて言ってみる。
「分かりましたよう、お供しますとも」
 呆れたようにフィオーレは言った。そんな彼女を見て、私とレッドは笑っていた。

 旅の途中なのに、何だか新しく旅を始めるような気分だ。お互い、それほど急ぎの用事ではない。気楽なものだ。
 レッドはリザをボールから出した。
「送って行こうか」
 レッドは聞く。私は首を振って答える。
「いいよ。自分の足で歩きたいんだ」
「そうか」
 レッドは言った。リザの背中に乗って、リザに羽ばたきを指示する。
「それじゃ、またね」
 私が言うと、レッドは歯を見せて笑った。
「次会う時は、三体だけでお前を倒す」
 言ったことは本当に実現してしまいそうなのが、この男の怖いところだ。
「……やってみなよ」
 私はレッドと同じ顔をしてみせた。
 リザが一気に上空へと浮かび上がっていく。そして、青空の中へとゆっくりと消えていった。
 旅の先にはレッドがいる。その先にも、きっとたくさんの強者がいる。
 私は、まだまだ強くなりたい。いつかまた会うその日まで、光の槍を折る訳にはいかないのだ。
[PR]
by junjun-no2 | 2011-06-03 23:09 | 小説